「京介、別に礼なんていいんだって。団長は用事がなくても事務所でグータラしてるだけだから」
帰り道、そう言って軽快に笑う拓海がいた。見かけによらず律儀な奴だと、さっきから京介のことを笑っているのだ。
「それにしても、西岡さんは何の用だったんだろうな……」
突如現れて、団長と二人で何の話をしているのだろうか。拓海は別れ際に合った西岡の目を思い出し、無意識につぶやいていた。
「団長と西岡さんはご友人同士なんですか?」
拓海や団長、西岡らの会話に混じらなかった京介が素朴な疑問を口にする。
「ああ。二人とも元はウチの劇団の役者でな……って、団長は今でもウチの役者だけど。団長によると同い年だから何かと気が合ったんだってさ。西岡さんがプロに転向してすぐに団長がこの劇団をお祖父さんから引き継いで、役者と管理役の二足の草鞋を履くようになったって聞いてる」
「へぇ。ただでさえ人員不足なのに、団長はよく西岡さんのプロ転向を受け入れましたね」
「そういうところは理解ある劇団だぜ、ウチは。辞めるにしても、プロを目指すにしても、たとえ他の劇団に鞍替えするにしても、基本的にウチが反対することはないよ。来るもの拒まず、去るもの追わず。創設以来のモットーなんだとさ」
「そういえば、俺の加入にもかなり好意的でした。多分人員不足だからでしょうかね?」
「まぁな。でも正直言うと歓迎半分、落胆半分だったんだぜ、きっと」
「なぜです?」
「男の役者が増えて、事務所がさらにむさ苦しくなるからな」
二人で苦笑した。
気が付けば大通りに出ていた。この辺りの大通りは日曜だからといって混雑することもなく、閑静な雰囲気を保っている。秋の空をのんびりと雲が流れていく。実にのどかだ。
「そういえば、次の舞台はいつになるんでしょうね?」
子どもたちが遊ぶ公園に差しかかったとき、京介は何気なく拓海に訊いた。
「さぁ?自治体とかから依頼があれば喜んで受けるし、どっかのホール借りれたら自分たちでお金とって演れるんだけど……。ウチには金が無いから、依頼以外の公演はあまりできないんだよな」
エンターテイメントの世界に生きているにもかかわらず、シビアな現実を憂慮しなければならないくらい深刻な事態らしい。以前「とかく芸術は金がかかるが、芝居は身一つで何とかなるんだろう?」と簡単に言ってのける人間がいたことを思い出し、拓海は低く呻いた。
「西岡さんは援助してくださらないんですか?それに、彼を輩出した劇団というだけでも『success』は注目されるはずなのに、どうやらその様子もないみたいだし……」
「世の中そんなに甘くないよ。それに西岡さんはちょっと曰くのある人だから……ニュースなんかで見なかったか?」
「……俺、芸能ニュースは嫌いなんで」
ふいに京介が表情を硬くした。しかし京介の言葉だけを聞いていた拓海はそれに気付かない。
「それじゃあ知らないかもな。まぁ、聞いていて気分のいい話じゃないから、気が向いたら自分で調べてみるといい。俺もあまり話したくないし。ただウチの劇団にとって西岡さんは良くも悪くも重要な人だから。それは覚えておいて」
拓海はそう言うと、歩く速度を緩めていた京介を置いてずんずんと歩き出した。
結局、話の核心部分には触れなかった拓海の後姿を見つめて、京介は嘆息した。京介も京介で別のことに気をやっていたが、やがてこれ以上拓海に離されてはまずいと思い、彼のあとを追ったのだった。